卒薬のすすめ

心理学で博士号を取得した薬剤師が薬に頼りすぎずに心身の健康を維持する情報を海外の論文に基づいて紹介するブログ

痒みと心:セルフエフィカシー(Self Efficacy)

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痒みとは、皮膚を異物から守ろうとする生体防御反応の1つとされています。しかしながら、実際の異物ではなく、ストレスから守ろうとする生体防御反応でもあるのかもしれません。カナダ人の心理学者バンデューラが提唱したセルフエフィカシー、自己効力感という言葉を一般にもよく耳にするようになりました。自身がある行動をうまく遂行できるという感覚と定義されています。厚生労働省のeヘルスネットではセルフエフィカシーの高め方が紹介されています。そこで、今回は痒み、セルフエフィカシー、ストレスの関連を調査した論文をActa Dermato-Venereologicaからご紹介します。

Dalgardらは、ノルウェーで実施された大規模研究(The Youth 2004 Project)のデータの中で2004年のフォローアップデータを用いて分析を行いました。フォローアップ研究には17歳から19歳までの2,489名が参加し、45%が男性、87%がノルウェー人、54%が経済的に中間層の家庭でした。セルフエフィカシーを性別で比較したところ、男性は女性よりも予測できない出来事に向き合うことができる、困難な状況でも落ち着いていると回答し、女性は男性よりも低いセルフエフィカシーを示しました(男性1.7% vs 女性5.8%, p < 0.001)。また、女性は男性よりも痒み(男性5.7% vs 女性11.6%, p < 0.001)、抑うつ(男性13.1% vs 女性33.8%, p < 0.001)の訴えが多く、アトピー性皮膚炎に罹患していました(男性6.6% vs 女性12.2%, p < 0.001)。次に去年1年間に経験したストレスの程度で層化して(低ストレス群、中ストレス群、高ストレス群)、セルフエフィカシーと痒みの関連を評価しました。その結果、低ストレス群では、セルフエフィカシーが高い人で痒みがある人は7%であったのに対して、セルフエフィカシーが低い人で痒みがある人は16%でした(p = 0.028)。また高ストレス群では、セルフエフィカシーが高い人で痒みがある人は15%であったのに対して、セルフエフィカシーが低い人で痒みがある人は30%であり、有意差はみられなかったものの2倍の割合を示しました(p = 0.072)。最後に、痒みを目的変数としたロジスティクス解析を行いました。その結果、アトピー性皮膚炎の罹患(OR 10.3, 95%CI 7.2-14.7)、低いセルフエフィカシー(OR 2.0, 95%CI 1.1-3.8)、抑うつ感(OR 2.7, 95%CI 1.9-3.9)が有意な説明変数でした。また、アトピー性皮膚炎の罹患別に解析したところ、罹患がない群では、低いセルフエフィカシー(OR 2.4, 95%CI 1.2-4.6)と抑うつ感(OR 3.1, 95%CI 2.0-4.8)が有意な説明変数でしたが、罹患がある群では、抑うつ感(OR 2.1, 95%CI 1.1-3.8)だけが有意な説明変数でした。

「皮膚が硬くなる(角化する)乾癬患者さんには自分を主張するタイプが多く、皮膚がジュクジュクする(びらん)アトピーの患者さんには自分を主張しない人が多い。」ある皮膚科の先生がこんなことをおっしゃっていました。皮膚は外(他者、社会、自分以外のもの)と自分の境界です。外との向き合い方が皮膚に投影するということもあるのかもしれません。実は、アトピー性皮膚炎の患者さんは、健常者と比較すると統合失調症の発症率が高いと言われています。統合失調症の患者さんは自我障害があり、自分のことと外のことの区別がつきにくいとされています。皮膚の疾患も脳の疾患も自分と外との境界線の脆弱性という点において共通しているともいえます。

セルフエフィカシーは成功体験で高めることができるとされています。ストレスと出会ったときに、ストレスと向き合い、ストレスを乗り越え、小さな成功体験を積み重ねていく。これが皮膚をバランスのとれた最適な状態に維持する秘策かもしれません。

Dalgard F, Stem F, Lien L, Hauser S. Itch, stress and self-efficacy among 18-year-old boys and girls: a Norwegian population-based cross-sectional study. Acta Dermato-Venereologica. 2012;92:547-552.