卒薬のすすめ

心理学で博士号を取得した薬剤師が薬に頼りすぎずに心身の健康を維持する情報を海外の論文に基づいて紹介するブログ

感情をコントロールすることの意味

f:id:hrk023678:20200216163422j:plain

人間は感情の生き物です。どんなときでも冷静に対応したいものですが、なかなかコントロールできないというのが本音ではないでしょうか。母親の感情は、そのまま子供に影響します。母親の感情が不安定な場合は、子供の感情もまた不安定です。では、感情をコントロールすることはどのような意味があるのでしょうか。今回は癌患者さんのdistress(苦悩、不安、悲嘆)とストレスを跳ね返す力とされるresilienceレジリエンス、回復力、復元力)の媒介因子としてemotion regulation(感情制御、感情コントロール)が機能していることを示したPsycho-Oncologyの論文をご紹介します。


Vaughanらは、20167月から20176月に、癌患者さんを対象とした横断的調査研究を行いました。オーストラリアの2つの病院で癌の治療を受けている18歳以上500名の患者さんに調査用紙を配布しました。評価尺度として、Difficulties in Emotion Regulation ScaleDERS)、the Connor Davidson Resilience Scalethe Depression, Anxiety, Stress Scaleを使用しました。回答のあった227名(45.4%)の患者さんのデータの解析を行いました。平均年齢64.6歳、女性が51.5%でした。乳癌、前立腺癌、肺癌、大腸癌、膵臓が全体の64.7%を占めていました。診断後平均3.4年経過しており、37.3%がステージ4でした。Difficulties in emotion regulationresilienceと強い負の相関であり(-0.564, P<0.001)、resilienceが低い場合、emotion regulationがより困難であることを示しました。また、difficulties in emotion regulationdistressと強い正の相関であり(0.595, P<0.001)、emotion regulationが困難な場合、distressがより高いことを示しました。Resiliencedistressと負の相関であり(-0.416, P<0.001)、resilienceが高い場合、distressはより低いことを示しました。しかしながら、このresiliencedistressの関係はdifficulties          in emotion regulationでコントロールしたところ、その有意性は消失しました。そこで間接効果を分析したところ、difficulties in emotion regulationは、resiliencedistressの有意な媒介変数であることが示されました。

この論文で使用されたDERSの下位尺度は、“difficulty with awareness(気づくことの難しさ)”,”difficulty with emotion clarity(明確にすることの難しさ)nonacceptance(受け入れ難さ)”“difficulty with strategies(対処の難しさ)”“impulsiveness(衝動性)”“difficulty with goals(やるべきことを遂行することの難しさ)”の6個から構成されています。これらは、感情にとらわれたとき、とらわれそうになったとき、いかにその感情に対処するのかのヒントが示されています。例えば、“difficulty with awareness”を考えてみましょう。近頃、自分の感情が分からない人が多いといいます。そもそも、そこにあると気づいていないものから、離れることはできません。何か、もやもやしたものを感じた時に、そのもやもやしたものが何なのか、まずは自分の感情を注視し、言語化することから始めてみてください。もしかしたら、自分でも気づいていなかった感情に出会うかもしれません。

Vaughan E, Koczwara B, Kemp E, Freytag C, Tan W, and Beatty L. Exploring emotion regulation as a mediator of the relationship between resilience and distress in cancer. 
Psycho-Oncology. 2019;28(7):1506-1512.