卒薬のすすめ

心理学で博士号を取得した薬剤師が薬に頼りすぎずに心身の健康を維持する情報を海外の論文に基づいて紹介するブログ

心の回復に必要な“楽しみ”

能登半島地震で始まる年明けとなりました。断水、停電、厳しい寒さが続く中、避難所や自家用車で避難生活を送っている方も多くいらっしゃると思います。人は、今ある生活が突然失われたとき、どのような心の回復ができるのでしょうか。被災直後よりも、1週間後から不安、抑うつ、パニック症状が始まるとされ、数カ月後には心的外傷ストレス障害PTSD)を発症することがあります。生活の再建のめどが立たない、居住地が変わり適応できない、経済的に困窮している場合は、このような症状は数年にわたって続くこともあります。そこで、今回は、東日本大震災で被災した方とボランティアスタッフへのインタビューを行い、余暇における「楽しみ」の経験が心理的回復とどのように関連するのかを報告した研究をご紹介したいと思います。

河野らは、東日本大震災において、余暇の“楽しみ”の役割、“楽しみ”によるストレス対処などを探索的に明らかにするために、被災者およびボランティアを対象として半構造化面接を行いました。石巻市南三陸町に住む死別、家屋の被害、転居などを経験した16名(女性11名、男性5名)および被災地以外から来たボランティア5名(女性4名、男性1名)が参加しました。インタビューの内容は記録され、分析されました。ラザルスのストレス対処法の分類方法に基づいて、インタビュー内容を情動焦点型と問題焦点型への分類を行いました。情動焦点型とは、ストレスの原因そのものではなく、ストレスに対する考え方や捉え方にアプローチするもので、問題焦点型とは、ストレスの原因そのものに働きかけるアプローチです。その結果、被災者にとって、情動焦点型の“楽しみ”は、おしゃべり、料理、手芸、水泳などがあげられ、気晴らし、心の支えを求める、ネガティブな感情を発散することでした。また、問題焦点型の“楽しみ”は、孤独死を防ぐための団地の見回りや炊き出しなどの利他的活動、デイサービスを通しての新しい交友関係の構築、ガーデニングによる庭の復興プロジェクト、DIYの活動による自宅の修復などがあげられ、日常生活に交友関係の拡大、物質的資源の増大、震災後の生活に短期的または長期的な“楽しみ”の活動を取り入れることでした。また、震災前から取り組んでいた “楽しみ”がある場合、それを再開することで、平常心と内的継続の感覚を認識することができたとしています。例えば、農業、バレーボール、クラシックカーの集まりなどがあげられ、生活のリズムがよくなり、震災前の自分を取り戻したことが語られました。

今は、まだ深刻な状況で、何かを“楽しむ”余裕はないかもしれません。それでも、心の健康を考えた時、人が否定的な気分で居続けることは決して好ましくありません。長期間におよぶことが想定される復興は、今まだ始まったばかりです。小さなことでも構いません。まずは孤立しないでください。人とのコミュニティをつくり、おしゃべりをして情動焦点型のストレス対処をしてください。少し余裕ができれば、問題焦点型の活動に参加してみてください。数カ月から数年後には、震災前に取り組んでいた、“楽しい”と思える活動を再開できていることを願うばかりです。

Kono S & Shinew KJ. Roles of Leisure in the Post-Disaster Psychological Recovery after the Great East Japan Earthquake and Tsunami. Leisure Sciences. 2015, 37, 1-19.