卒薬のすすめ

心理学で博士号を取得した薬剤師が薬に頼りすぎずに心身の健康を維持する情報を海外の論文に基づいて紹介するブログ

ポジティブ感情を習慣化する

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日々の生活の中で、ポジティブな感情を維持し続けることはとても難しいことだと思います。ついネガティブな出来事に目が向き、考え続けてしまうことが多いのではないでしょうか。特に医療従事者は病気という深刻な状況下での対人業務、長時間勤務、業務の煩雑化によって燃え尽き症候群を発症しやすいことが知られています。新型コロナの流行によって、その問題はさらに深刻化しています。燃え尽き症候群の特徴として、物事の良い面に気づき、注意を向けることが難しい状態とされています。そこで、今回は、医療従事者に対して、ポジティブ心理学セリグマンが提唱したthree good thingsの有効性を検証した研究をご紹介します。

Sextonらは、医療従事者に対して、15日間のthree good thingsのプログラムを行い、その効果を感情的疲労(emotional exhaustion)、うつ症状、主観的幸福感、ワークライフバランスの4つの指標で評価することを目的としました。感情的疲労は、燃え尽き症候群の標準的な指標であるThe Maslach Burnout Inventoryの下位尺度の1つで、もっとも信頼性が高い指標です。プログラムでは、参加者は、毎晩、その日うまくいったこと、それを実現するために果たした役割を3つのエピソードに絞って記入し、それぞれのエピソードで感じたポジティブ感情を回答しました。プログラムには、228名の医療従事者が登録し、1か月後、6か月後、12か月後にフォローアップを行いました。その結果、感情的疲労、うつ症状、主観的幸福感は、プログラム前の指標を基準とした場合、1か月後、6か月後、12か月後の全てにおいて有意な改善を示しました。また、ワークライフバランスは、1か月後および6か月後に有意な改善を示しました。4つの指標の効果量は、小から中程度でした(0.16-0.52)。さらに、プログラム前に高い感情的疲労を示したグループでは、全ての指標で有意な改善がみられただけでなく、効果量も中程度から非常に大きな値(0.55-1.57)を示しました。

three good thingsは日本でもよく知られた心理技法です。方法はいたって簡単。毎晩、その日にあった良いことを3つ書くだけです。意識的に良いことに目を向けて、今まで気づいていなかった出来事や物事にポジティブな認知や感情を抱くことを習慣化することができます。これによって、幸福度の閾値が下がり、気分がよい状態を長く維持できるのです。three good thingsは、もともと個人で行うものですが、他者との関係においても応用されています。子育ての場合は、子供に毎晩、その日にあった良いことを3つ尋ねることで、子供の自己肯定感を育むことができます。また、最近の研究では、夫婦で一緒に実践することで、親密さが向上したことが報告されています。頭の中で考えるだけでなく、ぜひ書き出して実践してみて下さい。こんなに良いことがたくさんあったのに、どうして嫌なことばかり考えていたのかなと不思議に思うかもしれません。

Bryan Sexton J, Adair KC. Forty-five good things: A prospective pilot study of the Three Good Things well-being intervention in the USA for healthcare worker emotional exhaustion, depression, work-life balance and happiness. BMJ Open. 2019;9(3). doi:10.1136/BMJOPEN-2018-022695