卒薬のすすめ

心理学で博士号を取得した薬剤師が薬に頼りすぎずに心身の健康を維持する情報を海外の論文に基づいて紹介するブログ

上司の「聴く」姿勢は仕事への意欲を高める

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満開の桜が終わる頃、新年度になり、職場で部下を抱える立場になった方もいらっしゃることでしょう。パワーハラスメントが社会問題となり、多くの企業が、部下を育成するための研修を実施しています。人材育成の基本的な姿勢の1つとして、積極的傾聴(active listening)があります。ただ聴くだけで、人が育つのか。今回は、そんな疑問を検証した研究をご紹介したいと思います。

Jonsdottirらは、上司の積極的共感的傾聴(active-empathetic listening)が従業員のワークエンゲージメント(work engagement)にどのように関連するかを明らかにすることを目的としてアンケート調査を行いました。ワークエンゲージメントとは、職場における活力(vigour,)、熱意(dedication)、没頭(absorption)が満たされて、意欲に満ちた仕事上の幸福な状態と定義されます。分析には、アイスランドのthe Social Science Research Instituteに登録されている18歳以上の成人からオンラインで収集された873名(回収率 61%)のデータのうち、雇用状態にある548名(男性273名、女性275名)のデータを使用しました。ワークエンゲージメントの評価には、7項目の短縮版ユトレヒトワークエンゲージメント尺度(Utrecht Work Engagement Scale)を用い、回答者の上司の積極的傾聴の評価には、11項目からなる積極的傾聴尺度(the active-empathetic listening scale)を使用しました。分析は、ワークエンゲージメントを目的変数とした線形回帰分析を行い、積極的傾聴との関連性を評価しました。性別、年齢、収入、教育、子供の有無の影響をコントロールした結果、上司の積極的傾聴のスコアが高いほど、ワークエンゲージメントは有意に高いスコアを示しました(β = 0.193; P < 0.001)。ワークエンゲージメントの3つの構成要素(活力、熱意、没頭)をそれぞれ目的変数にしたモデルにおいても、上司の積極的傾聴は、全ての要素と有意な関連を示しました(β = 0.142; P < 0.01, β = 0.236; P < 0.001, β = 0.141; P < 0.01)。さらに、積極的傾聴の高群と低群に分けて、各構成要素のスコアをt検定を用いて比較したところ、活力(5.70 vs 5.40, p < 0.01)、熱意(5.79 vs 5.33, p < 0.01)、没頭(5.55 vs 5.33, p < 0.1)のいずれの要素においても積極的傾聴の高群が有意に高いスコアを示しました。中でも、活力と熱意のスコアは高くなりました。

積極的傾聴は、話し手自身が問題解決をする支援をすることを目的としています。ですので、聞き手は自分の意見を主張せずに、結論を提示せずに、肯定的に耳を傾けることが基本的な姿勢です。つまり、とても忍耐力が求められます。教育において、親が口を出さずに、子供を見守ることと同じくらい難しいことだと思います。しかしながら、自ら考えて、決断をし、自身の行動に責任をもつ自立した人材を育成するためには、上司の積極的傾聴はたしかに有用であるようです。聞き手は、共感的に聴く、話し手の考えをまとめる、考えが広がる質問をする、達成できたことを一緒に喜ぶ、そのような姿勢が話し手の成長につながるのだと思います。

Jonsdottir IJ, Kristinsson K. Supervisors’ active-empathetic listening as an important antecedent of work engagement. Int J Environ Res Public Health. 2020;17(21):1-11.