卒薬のすすめ

心理学で博士号を取得した薬剤師が薬に頼りすぎずに心身の健康を維持する情報を海外の論文に基づいて紹介するブログ

鎮痛薬で他者の心の痛みに鈍感になる!?

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前回は共感性を高めるオキシトシンの有益性に関する論文を紹介しましたが、今回はその逆で共感性を低下させる要因に着目したいと思います。脳画像法(fMRI)による研究では、身体的疼痛に関連する脳領域と心理的疼痛に関連する脳領域は一部共通していることが報告されています。つまり、心の痛みを感じたときに、身体的な痛みとして認識されることがあるのです。今回は、日本でも汎用されている鎮痛薬の1つであるアセトアミノフェンが、他者の身体的痛みおよび社会的痛みに対する共感性を低下させる可能性を示唆した論文をSocial Cognitive and Affective Neuroscienceからご紹介します。

Mischkowskiらは、アセトアミノフェンプラセボを摂取した学生に対して、2つの二重盲検比較実験を行いました。最初の実験では、   80名の大学生(女性26名、平均年齢19.4歳)を対象としました。被験者の学生は通常の心理状態を評価するテストをした後、身体的痛みに関する物語(例 指を切る、扉に指を挟む)と心理的痛みに関する物語(例 入試に落ちる、嫌われていることを耳にする)を読んで、   各物語の主人公が認知した痛みと苦悩の程度を想像して評価しました。   その結果、アセトアミノフェン摂取群とプラセボ群は通常の心理状態において差がなかったのに対して、身体的痛みと心理的痛みの両方の物語において、主人公が感じた痛みと苦悩の程度は   、アセトアミノフェン摂取群が有意に低い値を示しました。次の実験では、114名の大学生(女性48名、平均年齢18.8歳)を対象としました。被験者の学生は、物語を読む実験に加えて、実際に球技のゲームの途中で外されたプレーヤーを目撃した時、つまり社会的痛みを再現した場面を目撃した時、そのプレーヤーが感じた痛み   、苦悩および共感的関心の程度を想像して評価しました。その結果、物語を読む実験では、最初の実験と異なり、身体的痛みと心理的痛みの両方の物語において、主人公が感じた痛みの程度に差はなかったものの、主人公の苦悩と共感的関心の程度は、   アセトアミノフェン摂取群が有意に低い値を示しました。また、実際にゲームから外されたプレーヤーを目撃した際は、そのプレーヤーが感じた痛み(p = 0.043)と共感的関心(p = 0.018)の程度において、アセトアミノフェン摂取群が有意に低い値を示しました。

この論文の題名は、   ”From painkiller to empathy killer”です。”empathy killer”というのは、なかなか皮肉たっぷりですね。米国の成人の4分の1に相当する人たちが日常的にアセトアミノフェンを摂取していることから、著者らは、”social side effect”、つまり薬の社会的副作用に対する懸念について考察しています。 米国の移民政策は,もしかしたら鎮痛薬が原因なのかもしれません。現代人の生活にとって鎮痛薬は必要不可欠の薬です。「今日は痛みがあるからお休みしよう。」というわけにはいきません。それでも、時々立ち止まって、鎮痛薬に頼りすぎていないのか自問したいものです。

   Mischkowski D, Crocker J, Way BM . From painkiller to empathy killer: acetaminophen (paracetamol) reduces empathy for pain. Social Cognitive and Affective Neuroscience. 2016;11(9):1345-1353.