卒薬のすすめ

心理学で博士号を取得した薬剤師が薬に頼りすぎずに心身の健康を維持する情報を海外の論文に基づいて紹介するブログ

文学小説で対人関係を円滑にする

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中高生の頃、周囲の大人から文学小説を読むように勧められた経験はありませんか。日本人として知っておきたいから、読解力が高まるから、試験に出るから、宿題だったから、そんな理由で読んだ経験がある方もいらっしゃるでしょう。一方、ベストセラー小説の方が面白い、そもそも文学なんて古い、そう思って読まなかった方もいるでしょう。霊長類研究者のプレマックのチンパンジーが心の理論をもつのかという議論から、”Theory of Mind(ToM)(心の理論)”という概念が生まれました。ToMは、他者が置かれている状況を理解し、行動を予測する能力とされ、認知面のcognitive ToMと感情面のaffective ToMから構成され、複雑な社会的対人関係を構築するうえで重要な概念とされています。今回はScienceから、文学小説がToMを高めることを示唆した論文をご紹介します。

Kiddらは、文学小説がToMを高めるという仮説をたて、5つの実験を行いました。対照群として、人気小説群、ノンフィクション群、読書なし群を設定しました。各実験のモデルでは、教育歴、性別、年齢、ネガティブ感情、悲観等で調節を行いました。実験1では、86名の参加者を対象に、文学小説群と人気小説群に分け、それぞれの短編作品を読んだ後に、ToMの評価指標the Reading the Mind in the Eyes Test(RMET)に回答して、その平均得点を算出しました。その結果、文学小説を読んだ群がaffective ToMにおいて有意に高い得点を示しました(25.90±4.38 vs 23.47±5.17)。実験2では、114名の参加者を対象に、実験1と異なる小説を読み、異なるToMの評価指標the Diagnostic Analysis of Nonverbal Accuracy(DANVA2-AF)を用いて、平均点を算出しました。その結果、文学小説群が人気小説群および読書なし群よりも有意に良好な得点を示しました(4.70±2.31 vs 5.85±2.93, 4.70±2.31 vs 5.86±2.89)。実験3では、69名の参加者を対象として、文学小説群と人気小説群の2群で、実験1と同じ評価指標であるRMETを用いて、平均値の比較を行いました。その結果、文学小説群が人気小説群よりもaffective ToMにおいて、有意に高い得点を示しました(25.92±4.07 vs 23.22±6.16)。実験4では、72名の参加者を対象として、RMETに加え、新しく開発されたToMの評価指標であるthe Yoni testが使用されました。その結果、RMETではそれまでの実験同様に、文学小説群がaffective ToMにおいて有意に高い得点を示しました(26.19±5.43 vs 23.71±5.08)。またthe Yoni testではaffective ToM に加えて、cognitive ToMにおいても文学小説群が有意に良好な結果を示しました。実験5では、参加者を最大の356名として、文学小説群、人気小説群、読書なし群の3群に分け、RMETとthe Yoni testを実施しました。その結果、実験4と同様に、RMETでは、文学小説群は人気小説群よりもaffective ToMにおいて、有意に高い得点を示しました(26.21±3.59 vs 24.96±4.60)。またThe Yoni testでは、affective ToM に加えて、cognitive ToMにおいても有意に良好な結果を示しました。著者らは、今回は一時的なToMの上昇にすぎないため、長期的な効果は検証する必要があるとしています。


もう少し想像力を使ってみたら、もう少し他者の気持ちや行動を想像してみたら、今よりずっと対人関係が楽になるだろうな、時々そんなふうに感じる人に出会います。そういう人の気持ちを想像してみたとき、いつもベクトルを自分に向けているように思います。自分がどのように見られているのか、自分がなぜうまくいかないのか、自分がなぜ批判されるのか、そんな気持ちでいっぱいいっぱいなのかもしれません。コロナウイルスの流行で、予定がぽっかり空いた方も多いですよね。いつか読もう、そう思ってた文学小説をぜひ手にとってみてくださいね。

Kidd DC and Castano E. Reading Literary Fiction Improves Theory of Mind. Science. 2013;342(6156):377-380.