卒薬のすすめ

心理学で博士号を取得した薬剤師が薬に頼りすぎずに心身の健康を維持する情報を海外の論文に基づいて紹介するブログ

アートを処方する

美術館に行って、心がスッキリした経験はありますか。医師から、「あなたの病気を治すために、美術館に行くことを処方します。」と言われたら、どう思いますか。実は、このような「社会的処方箋」が欧州、北米、オーストラリアなど多くの国々で広がりをみせています。今回は、イギリスにおいて処方箋に基づくアート(AoP: Arts on prescription)の介入効果を検証した研究をご紹介します。

Sumnerらは、イギリス南西部で行われている8週間のAoP介入プログラムから収集されたデータを用いて分析を行いました。社会的処方箋を受け取った場合、様々なレクリエーション活動から自分にあったプログラムを選ぶことができます。本研究は、2017年から2019年にかけて、その中の1つであるアートプログラムであるAoPを選んだ患者さん245名(女性196名、男性49名)を対象としました。週に1回、視覚芸術(絵画、陶芸、写真など)または舞台芸術(演劇、歌など)を体験することができます。8週間のプログラムの初日と最終日において、以下の心理調査を行いました。不安感の評価には、不安障害尺度(Generalised Anxiety Disorder Scale)、抑うつ感の評価には、患者用健康尺度(the Patient Health Questionnaire eight-item version)、幸福感の評価には、心理的幸福感尺度(the Warwick Edinburgh Mental Wellbeing Scale)を用いました。その結果、不安感(11.9±6.0 vs 9.6±5.8, P < .001)、抑うつ感(13.4±6.46 vs 11.5±6.45, P < .001)の有意な減少、および幸福感(37.1 ± 9.7 vs 41.9 ± 10.4, P < .001)の有意な増加がみられました。著者らは、不安感や抑うつ感の改善を示したプログラムの将来的な有益性を示唆する一方で、このような効果は持続的なものではなく、プログラムの終了後、不安感や抑うつ感は元のレベルに戻る可能性についても述べています。

「社会的処方箋」はアートだけではありません。運動、森林浴、ダンスなど、医師が患者に処方する試みが始まっています。慢性疼痛等の病状の改善、社会的孤立の解消、うつ病の軽減など様々な理由が処方のきっかけになります。なかでも、うつ病はWHOによると、2030年に、世界で第1位の疾患になると予測されています。またコロナの蔓延は、うつ病患者さんの増加だけでなく、孤独感や孤立感から自殺者を増加させました。このような心の問題は、薬だけで治療することは難しく、また再発を繰り返すことから、長期的なフォローアップが必要とされています。このような介入の1つとして、社会的処方箋は、ますます世界に広がっていくと予想されます。師走を忙しく過ごされている方も多いと思います。心が少し疲れたなと思ったときは、美術館に足を運んでみてはいかがでしょうか。

Sumner RC, Crone DM, Hughes S, James DVB. Arts on prescription: observed changes in anxiety, depression, and well-being across referral cycles. Public Health. 2021;192:49-55. doi:10.1016/J.PUHE.2020.12.008