卒薬のすすめ

心理学で博士号を取得した薬剤師が薬に頼りすぎずに心身の健康を維持する情報を海外の論文に基づいて紹介するブログ

病に負けない性格:SOC(Sense of Coherence)

f:id:hrk023678:20190908100633j:plain


SOC
Sense of Coherence)とは日本語でコヒアレンス感,首尾一貫感覚とも訳されます。1970年代,健康社会学者であるユダヤアメリカ人の        Antonovskyは,更年期の女性の精神的身体的健康度を調査しました。すると,強制収容所から生還した群では29%,経験のない群では51%が良好な健康状態であることが示されました。このとき,Antonovskyは健康を害した原因を調査するのではなく,強制収容所の経験があるにもかかわらず,健康である女性が29%もいたことに着目し,過酷な状況下でも,健康を保持し,前向きに生きている人々に共通する特性を見出そうとしました。そして提唱したのが健康生成論とその中核概念であるSOCです。人は癌と診断されたときに,二次的にうつ病を発症しやすいことが知られています。先行きの見えない将来,仕事や収入に対する不安,死に対する恐怖,そのような気持ちが長期化することで二次性の精神疾患を発症すると考えられています。そこで,今回は癌と診断された際に生じる    demoralisation(意気が徐々に害されて生じる落ち込み)とSOCの関連についての論文をPsycho-Oncologyからご紹介します。

BoscagliaClarkeは,オーストラリアの病院で1年以内に婦人科系の癌(子宮癌,卵巣癌,子宮頸癌等)と診断された120名(平均年齢52.2歳)の女性を対象として調査研究を実施しました。重回帰分析の結果,SOCが高い場合,demoralisation3つの下位尺度であるdysphoria(不快感)p = 0.019sense of failure(挫折感)p = 0.020disheartenment(落胆)p = 0.001が有意に低いことが示されました。横断研究であるため,因果関係は断定できませんが,SOCは変動可能性が低い変数であることを考えると,もともとのSOCの高低が癌と診断された後のdemoralisationを阻害した可能性が考えられます。

SOCは,国内外問わず,様々な分野で調査がなされており,例えばQOLQuality of Life),生活満足度,世帯収入,自尊感情,運動習慣,愛着,生きがい,ソーシャルサポートと高い関連性を示すことが知られています。ここで問題は,SOCを高めることができるかどうかということです。実は,小児癌や難病を克服した経験がある人は高いSOCを示すことが報告されています。私自身の研究でも,幼少期のみアトピー性皮膚炎の既往がある成人のSOCは,成人まで続くアトピー性皮膚炎患者さんのSOCだけでなく,全く罹患したことがない健康な成人のSOCよりも高い得点を示すことを報告しました。困難な状況をたくさん乗り越えた人ほど,SOCは強化されます。目の前の壁を乗り越えたとき,もしかしたら新たな素晴らしい別の景色が見えてくるのかも知れません。

       Boscaglia N, Clarke DM. Sense of coherence as a protective factor for demoralization in women with a recent diagnosis of gynaecological cancer. Psycho-Oncology. 2007:322; 606-607.